【レビュー】Hektor 73mm f1.9の魔力。用途と作例を紹介【滲む癖玉】
Leica M9 + Hektor 73mm f1.9
往年のライツのレンズの中で、数が少なく描写に特徴のあるレンズは今現在とても人気があります。その中でもHektor(ヘクトール) 73mm f1.9(当時は7.3cmと表記されていました)は特に人気のレンズのひとつ。開放でのベールを被ったような描写が評価の高いレンズですが、その特徴を追いながら上手くこのヘクトールを使いこなすコツについても見ていきます。
CONTENTS
Hektor 73mm f1.9の仕様
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9の仕様としては3群6枚のレンズ構成で、1931年から1942年まで製造されました。重量は460g、Lスクリューマウントのみのレンズとなっています。最短撮影距離は1.5m(稀に1mのものも存在します)で73mmなので、あまり寄れませんが中望遠の画角のためそこそこ被写体を大きく写すことが可能です。重さ460gというと軽くはないですが、すごく重くなく、ライカのレンズとしては許容範囲かな、という感じの重量感。あとレンズ単体の写真を見るとボリュームがあるように見えますが、ボディに装着するとけっこうコンパクトです。Lマウントのレンズは望遠側になってもなんだかんだで小さく、コンパクトなものが多いですね。
Hektor 73mm f1.9
なおフィルター径は39mmなので純正のものや、この写真のように目立たないこちらのものがおすすめ。
MAPCAMERA (マップカメラ) MC-Nノーマルフィルター 39mm
Hektor 73mm f1.9のデザイン
Hektor 73mm f1.9
鏡胴としては中央部がやや太くなり、先端に向かって少しテーパードした形状。これを美しいデザインと捉えるかどうかは人によって分かれそうですが、全体の佇まいと雰囲気は非常に素晴らしいです。このレンズには専用フード「FGHOO」がつくのですが、このフードをつけたほうがバランスが良いのでぜひ純正の専用フードつきがおすすめ。(フード単体ではかなり手に入れにくいので注意。)
なおフードについては90mm/135mm用の12575 (IUFOO)もつきます。専用フードがない場合はこのIUFOOで代用できます。これはこれでけっこうかっこよいのです。ただ少しサイズが大きくなるため取り回しの点では専用のFGHOOのほうが良さそう。
Hektor 73mm f1.9に12575 (IUFOO)をつけた姿
Hektor 73mm f1.9は鏡胴デザインには複数のバリエーションがあって、謎の多いレンズです。オールクロームやオールブラックなども極稀にありますが、市場にはほとんど出回りません。これについてはoldlensさんのサイトが詳しいです。
Hektor(ヘクトール) 73mm f1.9 | oldlens.com
ブラックペイントは経年でどうしても剥げてくるため使用感のあるものが多いですが、同じブラックペイントのライカと合わせると独特の使い込んだ雰囲気が演出できます。特にバルナックとは非常に相性が良いです。個人的にはクロームのライカとは個体の多いシルバークロームのあるヘクトール73mmが合うように思います。私所有のものもまだきれいなほう。
Hektor 73mm f1.9
またF値の部分など刻印されている部分は象嵌といって、銀をはめて形作っているというこだわり。Hektor 73mm f1.9は発売当時取り分け非常に高価だったようで、その作りの良さが伺えます。
Hektor 73mm f1.9の象嵌部分
Hektor 73mm f1.9の使用感
Hektor 73mm f1.9はスナップにも最適。
絞りはクリック感のないタイプなので、スムーズに好きな位置に設定できます。ヘリコイドを回すと直進して伸びるタイプと回転して伸びるタイプの2種類があり、これは直進するもののほうが使いやすそう。フードが広がっていないのでファインダーから覗いてもレンズは邪魔をせず、75mmのブライトフレームの右下が多少隠れる程度。撮影をするのにフードが邪魔で見にくいということはないです。撮影していて何か気になる点や問題点はそれほど見当たらないので使い勝手としては良いレンズだと思います。なおフードは逆さ付けができるので、持ち運ぶ際はよりコンパクトにできます。こういったところは非常に合理的にできており、なるべくしてなった形なのかもしれません。
Hektor 73mm f1.9の専用ファインダー SAIOO
この73mmという独自の画角に対応したファインダー「SAIOO」がライツから発売されていました。折りたたみ式のファインダーで上部をぱちっとはずすと前面のガラスが立ち上がる仕組みで精巧な作りです。
Hektor 73mm f1.9 + SAIOO
ファインダーを除くと純粋に見ている世界が少し近づいて切り取られているような感じで非常に使いやすく、また収納するとコンパクトなのも良いですね。ただ非常にレアな珍品のようで、なかなか市場に出ないだけでなく、出ても高価になっている模様。
Hektor 73mm f1.9 + SAIOO
コンパクトなのは良いですが、立ち上げた姿はバルナックのほうが合いそうです。物理のファインダーなのでバッテリーを気にせず画角を確認できるのはありがたい存在。これにこだわらなければフォクトレンダーからも75mmファインダーが出ていたので今は現実的な選択かもしれません。
Hektor 73mm f1.9の印象
50mmより少し先に手に届く感覚。
さてこのヘクトール73mmですが先に言っておくと万人におすすめできるレンズではありません。使用するにあたって使い勝手は悪くないと前述しましたが、ではオールマイティに積極的に使用できるかと言われると、使い所の難しいレンズだなというのが率直な印象です。とりあえずこれ一本つけておけばOKというレンズとは真逆のレンズ。(※もちろんこの描写が好きで、とにかくへクールで撮れれば良いという人は別。)
ただし、使い所を見極めて上手く光を取り入れると、なんとも美しいこのレンズでしか撮れない絵が出てくるのです。。
きっとこのバッチリ噛み合ったときの描写に惹かれる人が多いのでしょうね。
逆光は味方。影と光で抽象的に切り取れる。
ではHektor 73mm f1.9はどのようなものを撮るのが適しているのか、どのように撮ると特徴を活かした魅力的な写真になるのか、長年使ってきて感じたことをまとめてみました。
Hektor 73mm f1.9での撮影の仕方
Hektor 73mm f1.9に合う被写体
Hektor 73mm f1.9
まずヘクトール73mmにはどんな被写体が合うのかを考えます。結論から言うと素材感が強調されることで魅力が発揮されるような被写体ではなく、有機的でぼんやりしているもの、もしくは空気感のようなものが優先される被写体がおすすめです。
ヘクトール73mmは絞ればそれなりにしっかりとテクスチャーを描き出してくれますが、そういった役割はやはり現代の最新レンズのほうが得意。ヘクトール73mmで建造物をとっても境界があいまいに、ぼんやりしていきます(まぁそれが良い雰囲気になることも多いのですが笑)。 その艶めかしい雰囲気を出したいのなら良いのですが、ヘクトール73mmに合う被写体を探して撮ったほうが良い絵が出てくることが多いです。
F値の使い分け
開放では独特な光の回り方をし、淡く滲んだような描写が特徴のヘクトール73mmですが、この開放は使用する場面をけっこう選びます。ここでよくある失敗例を紹介。
非常にのっぺりしたネムイ写真になる。
開放では収差が目立ち、鮮明にものを捉えることができないため、平面的にものを写してしまうとこういう風になんとも締まりのない絵になってしまいます。こういった状況では無難にF4〜F8くらいに絞ったほうが良い絵になるのかなと。
あと中望遠といっても73mm、F1.9といってもほぼF2、つまりボケの量は「それなり」です。開放で最短撮影距離で撮ればそれなりにボケますが、中距離くらいだとわかりやすい浮き上がり感やダイナミックさはさほど得られません。なんでもとりあえず開放で!というのも面白いですが、真面目に写真を撮るとなると距離感とボケの調整は考える必要がありそうです。
開放+最短での作例。この組み合わせだとけっこうボケる。
Hektor 73mm f1.9を中距離開放で。
このHektor 73mm f1.9というレンズは個人的には、暴力的にボケや滲みを無理やり発生させて面白い画作りで殴りつけるようなレンズではなく、あくまで基本のポイントを抑えつつも繊細に柔らかにものを捉え、非現実な絵画のような破綻(収差)で人を引き込むようなレンズだと思います。つまりTPOが揃えば実力を発揮するレンズということですね。
被写体との距離
Hektor 73mm f1.9
これはF値との兼ね合いにも繋がります。最短開放はやはり特徴的で面白いのですが、後ろボケがあまりきれいではないので、被写体の前後の「もの」がポイントになってくる気がします。特に映し出すものの前面にあるものを使いつつ、これを通して「少し遠くの被写体を見つめる感じ」を演出するとぐっと被写体が引き立つのかなと。
Hektor 73mm f1.9
この形であればF1.9でなくても被写体が浮き出てイメージが明確になりやすいのですが、やはりヘクトール73mmならではの雰囲気を出したいのなら潔く1.9がおすすめです。
なお中距離〜遠距離で開放を使うと画面が平面的になり、収差が悪目立ちします。ただこの悪目立ちしているなという感覚も被写体を図像として正確に認識できないために起こっていることなので、逆に正確に写し取らなくて良いもの(例えば心象風景のようなものや、ブレたもの、暗闇や光など抽象的なもの)などには適しているのかも、と個人的に思っています。
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9とライカの作例
ここでいくつかHektor 73mm f1.9で撮った作例を紹介します。なかなかバッチリ決まることが少ないので拙い写真が多いのはご愛嬌^^
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9
Hektor 73mm f1.9と候補になるレンズ
標準レンズから少し寄った雰囲気で使いやすい75mm程度の画角ですが、Hektor 73mm f1.9が気になったのならこちらもレンズも候補として上がってくるかと思います。
- APO Summicron 75mm f2.0 ASPH.
- Summilux 75mm f1.4
- Nokton vintage line 75mm f1.5 Aspherical
- Heliar classic 75mm f1.8
- Color-Heliar 75mm f2.5
- Sonnetar 73mm F1.5
ヘクトール73mmは圧倒的にオールドレンズ感があるので、ライカで現代的な描写を求めるならAPO Summicron 75mm f2.0 ASPH.がとてもおすすめです。これこそ安心してオールマイティに使える中望遠だと思います。Summilux 75mm f1.4はヘクトール73mmとはまた違う繊細な雰囲気で、開放1.4の深度の浅さが生み出す独特な雰囲気がとても美しいです。ただ大ぶりのレンズではあります。
ライカ以外だとVoigtländerのNokton vintage line 75mm f1.5、宮崎光学のSonnetar 73mm F1.5がヘクトール73mmと近いスペックです。ノクトンはバランスが非常に良く、開放でも絞っても使いやすい良レンズだと思います。ゾンネタールはヘクトールオマージュのレンズでもあり、超軽量コンパクト。描写傾向はまた異なりますが、これもボケからのピントの立ち上がりが美しいレンズです。
大口径にこだわらなければColor-Heliar 75mm f2.5は写真表現に適した使い勝手の良いレンズでこちらもおすすめです(そして安価)。またなんだかんだで候補になりやすいHeliar classic 75mm f1.8。
個人的にはどれもヘクトール73mmよりかは被写体を選ばない良いレンズだと思うので笑、用途に合わせてどれを選んでもその人の正解かなと思います。
無理にヘクトール73mmでないといけないことはないですが、この魅力にとらわれて夜も眠れないような人は最初からヘクトールにいったほうが幸せになれます。
Hektor 73mm f1.9のまとめ
ライカの中でもひときわ人を選ぶ(良い意味で)レンズだと思います。ただその裏を返すと、一度ハマると癖になってしまう特殊な魔力を秘めたレンズとも言えます。上手く使いこなすのは難しいので誰にでも手放しでおすすめできるものではないですが、この個性にピンときた人はぜひ手にとって欲しいレンズです。
また日常のスナップよりかは写真作品に向いているレンズだと個人的には感じているので、室内の少し薄暗い環境でポートレートを撮りたい人には最もおすすめできるレンズだと思います。数が少ないレンズなので状態はそこそこのものが多いですが、それでもヘクトールの魅力はこの現代でもきちんと味わえます。バルナックでもデジタル機でも、またモノクロでもカラーでも、この光る個性と上手く付き合える方にはきっと素晴らしい一枚が待っているのではないでしょうか。
Hektor 7.3cm f1.9の中古を探す
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